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原田泰彦氏と西口高生

まなびのコラム

タカネットサービス代表・西口高生が気になる人 あの会社のトップに聞く

株式会社トランテックス
本社:石川県白山市徳丸町670番地
事業内容:トラック架装事業
従業員数:1,354名(2019年11月末現在)

株式会社トランテックス 代表取締役社長 原田泰彦氏 × 株式会社タカネットサービス 代表取締役 西口高生

「泰彦のヤスは、タイという字を書くんですよね。」インタビューの冒頭、笑顔でそう話す株式会社トランテックス社長・原田泰彦(はらだやすひこ)氏。
2016年トランテックスの社長に就任する以前は、日野自動車工業株式会社(現・日野自動車株式会社)に勤務。2000年か らの3年間、タイ王国サムットプラカーン県での新規プロジェクトに携わり、2013 年 タイ日野製造の社長に就任。通算6年をタイで暮らす。2016 年、株式会社トランテックス社長に就任。コスト・品質・サービスに於いてトラ ックボデーNo.1を誇るトランテックス。原田社長にお話を伺った。

西口高生(以下、西口):1990年に日野自動車に入社され、2000年にタイのプロジェクトに参加されたわけですが、具体的にはどんなプロジェクトだったんですか?

原田泰彦社長(以下、原田):現地生産をしている日野のシャシのモデルチェンジと羽村工場で生産していたハイラックスの部品の現地生産化です。この2つのプロジェクトを同時進行で行いました。トヨタピックアップトラックの第1弾ですから当時は会社をあげての大支援部隊。私が参加した当初は3人のメンバーでしたが、最終的には130人程が張するビッグプロジェクトになっていました。
その後2013年、日野モータースマニュファクチャリング タイランド株式会社の社長として再びタイへ。10年のブランクがありましたが一緒に苦労したタイ現地の仲間が迎え入れてくれたので物凄く仕事がやりやすかったですね。戻った時は歓迎してくれてとても嬉しかったです。

原田泰彦氏と西口高生対談

西口:1990年に日野自動車に入社されて約20年間。ずっと生産技術でエンジンの生産ラインを担当されたんですよね?

原田:日野自動車に入ったのは中途採用なんです。私は1956年生まれ。去年63歳になりましたが、この年齢だと通常は会社に入社するのは1980年頃です。武蔵工業大学機械工学科でエンジンの勉強をしたものの就職先には恵まれず、大学を卒業後、商社に勤めることに。9年ほど勤務した後、電子部品を扱う会社に転職し、たまたま新聞広告の求人募集を見かけ日野自動車工業株式会社へ入社したのが1990年。生産技術エンジン技術課に配属となり、自分の思いを遂げられるところにやっと辿り着きました。
この時、人生の中で一番最良の決断をしたんじゃないかなと思っています。

西口:エンジンの勉強をされたのは何かきっかけがあったのですか?

原田:子供の頃から機械いじりが好きで、もともと水素に興味がありました。1970年代に「未来のエネルギー」と注目され始めた水素エンジンの勉強がしたいと思い大学の研究室へ。当時はまだメジャーではなかった燃料電池や水素エネルギーが、今やっと脚光をあびる時代が来たかなと(笑)
今から振り返ってみると、大学を卒業して10年間、勉強したジャンルとは違う仕事で寄り道をしたわけだけど、その頃に経験したことが物凄く役に立ったと思っています。その時は無我夢中で仕事をしてきて、30、40年経って過去を振り返ってみると全ては点で繋がっているなと。経験してきたことが今の仕事の糧になっていると感じます。タイで初めてのプロジェクトに対し、機械や設備を全て日本から輸出し向こうで受け入れ、そして工場でのセットアップ。
これらの業務は商社にいた頃に慣れていましたし、外国人に対して物怖じしないというのも20代の頃の経験が活きているなと思います。

株式会社トランテックス 代表取締役社長 原田泰彦氏

トランテックスの使命

西口:先ほど工場を見学させていただいて、従業員の皆様のボデーに対する拘りが御社の誇りかなと感じました。

原田:そう感じていただけてありがとうございます。必要なのはマッチング。ボデーもシャシも相性があります。最後の完成形を考えて一緒に作っていった方が効率のいいものができる。“トラックのボデーはプロが使う一番大事な道
具”。プロとしての意識を持って自分の道具を注文されていると感じるので、そう意味では品質や仕上げなどきちっとしたものを出したいと日々感じます。うちは販売から開発、製造、サービスと全部が揃っている形態で部署間の連携が密にできるので、いろんなことを討議しながら方向性を決めています。

西口:シャシの上にボデーが乗っていて、その結果、現在お客様はシャシメーカーの製品を先行して車両の選定をされるというのは否めない。しかし今後はトラックも電気で動くような時代になってきます。将来的に各メーカーがシャシを一つにモジュラー化して共有化するような時代になってくるのではないか。一方で、荷物を運ぶというスペースの部分は無くならないはず。そういう点でいうと今後はボデーメーカーにも注目が集まる時代になっていくのかなと思いますが。

原田:そうですね。親会社の日野自動車はシャシを、我々はボデーを作っていますけど、これからはシャシとボデーが一緒になって共同開発することが必要になってくるかと思います。新しいシャシに対してどんなボデーを乗せたらいいのか、無駄なくやっていくためにはそういう方向に行くと私も強く感じています。

西口:株式会社トランテックスさんは2002年に社名変更で誕生されました。日野自動車の本社は東京、工場は羽村、そして古河には一部ウイング工場を併設されるということを伺っています。どこかで金沢から日野自動車の本拠地に近いところに移転するということにはならなかったのでしょうか?

原田: トランテックスの歴史は1942年設立の金沢航空工業株式会社という金沢の流れもあります。
横浜のバス工場、羽村近くの瑞穂車体工場、それらが時代の流れとともに合併し、金沢が拠点となって集約されたという歴史があります。
もう一方で、古河工場の話になりますけど、今後は需要があるから台数が出るではなく、限られたパイの中でどうやって競争力を上げていくのかということが重要になります。日野のシャシができたらすぐに架装できるような工場を古河に作っていくことが今後の競争力を上げていくことに繋がります。完成車でリードタイムを短く、お客様にすぐにお届けするボデーは古河で作る。そして造りボデーのようなお客様のご要望には金沢で対応していく、というように作業の差別化を計り、両方で全体の競争力を上げていくことが必要かなと感じています。
トランテックスの成長戦略4本柱として「ウイング生産の拠点化(古河工場)」「今後需要が増える小型トラックの拡販」「グローバル展開。海外への部品輸出」「新シャシに対する新商品開発」を掲げています。2025年の確立を目指し日野自動車の考え方とトランテックスの考え方、同じ方向性で協調性を持って取り組んでいきます。

創業111周年に思うこと

西口:1908年に脇田兼太郎氏が東京芝浦で自動車車体の製作を始められ、去年、創業111周年を迎えられました。この先の100年。どんな思いがありますか?

原田:現在のトラック・自動車業界は「100年に一度の大変革」と言われています。今の物流形態がどこまで継続していくのか、あるいは自動運転なども含めどんな形になるのかということを考えながら、いろんなアンテナを張ってい
かなければならない。
一方で、状況は急には変わらない。それまではきちっと会社を運営していかなければならない。ベースを作るということと、状況に合わせて形態を変えることも含め商品開発をしていくこと。この2つの仕事を同時に進めなければならないと考えています。100年と言わず、この先10年でも相当変わりますね。
創業111周年。とんでもない数字ですけど、会社の歴史、合併や社名変更、分社と、いろんな分岐点を経て現在がある。先輩たちが営々と111年という歴史を繋いできてくれたということは、ものすごく重要なことだと思います。駅伝
もそうですよね。「襷を繋ぐ」。
現在は自分が襷を預かっています。“歴史はすぐには作れない”その重みというのを感じながら更に発展させていかなければならないとの思いで運営しています。

西口:社長ご自身の健康法を教えてください。

原田:歩くことですね。金沢は綺麗なところが多いので早朝散歩するのが日課です。兼六園は早朝に無料開放しているんですよ。休みの日には21世紀美術館や武家屋敷など90分程かけてウォーキングを楽しんでいます。去年9月には霊峰白山に社員とともに登りました。一度は登りたいと思っていたので願いが叶いました。雲ひとつない青空。真っ赤な夕日。翌朝3時半に起床し満天の星空。そして朝5時半には立山連峰からのご来光と、まさに「感動4連発」。初めての登山でしたが、慣れている社員のサポートもあって素晴らしい経験をすることができました。
会社も含めて、自分がやりたいことをやる、自分が考える方向に大きくしていきたい。想いが一つ一つ叶っていくのが楽しいですし、この歳になっても自分がどんどん変化してくことが面白い。第2の生まれ故郷と感じるタイへもいつか恩返しができるように、様々な意味でチャレンジし続けていきたいと思っています。

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